「アステリズムに花束を」感想<後編>

[月と怪物]著:南木義隆
 共感覚の持ち主であったセーラヤは、妹ソフィーアとともにスラムから国の特殊能力研究施設に送られる。研究施設での生活で、セーラヤは軍人のエカチェリーナと次第に親しい関係になっていく。しかし、同性愛がバレた二人は引き離され、セーラヤは実験で廃人となり、エカチェリーナは有人ロケットの実験で帰らぬ人となる。冷戦と呼ばれた時代の中で、国家という怪物に飲み込まれた二人の悲恋の物語。

 

 エカチェリーナが最期に宇宙でみたセーラヤは果たしてセーラヤの魂だったのか、はたまた死の間際の幻覚だったのか。国家に人生をずたずたにされた二人が、せめて死後に結ばれたと信じるソフィーアの姿に物悲しさを感じる。

 

[海の双翼]著:櫻木みわ×麦原遼
 硲(はざま)は理解されたかった。人の言葉を話す人形体としての存在ではなく、鱗晶(りんしょう)としての自分を1人の人間として葵(あおい)に理解して欲しかった。
硲と葵は1人の鳥人と出会う。鳥人の不思議な光を放つ翼に興味を抱く葵。そんな葵をみて、硲は期待する。異なる言語を持つ異質な存在を、葵が理解するようになれば、自分を人形体としてだけでなく、鱗晶としての真実の自分を人間として認識してくれるようになるのではないかと。そして、鳥人にシンパシーを抱いていた。硲と同じで人間じゃない異邦のものとして。
しかし、その期待は外れる。初めこそ人と交わり変化することを恐れた鳥人は、時が経つにつれて人と同じようになることを望むようになる。初めこそ、異質な存在を理解する姿勢をみせた葵も、本当に欲しかったのは異質な存在への理解ではなく、小説のネタだった。
硲は葵から人として扱われる鳥人を憎んだ。硲は自分を真実に理解しようとしない葵を憎んだ。鳥人が異質としての存在を捨てるのならば、葵が異質としての存在を理解しないのならば、異質の象徴である光る翼なぞ、硲が抱いた期待とともに捨ててしまうことを決意する。硲は鳥人の光る翼を鱗晶に置き換え、光る翼の残骸を川へ捨ててしまう。
しかし、硲が捨てた鳥人の羽を見て、鳥人の仲間達が葵の住む街を襲う。鳥人は仲間達に対して、誤解を解き、自らは人間の街に残ることを伝える。そして、鳥人は自分の代わりに、仲間との思い出を保存した鱗晶を連れて行って欲しいと仲間に伝える。仲間たちは鳥人の願いを聞き入れ鳥人の鱗晶を剥ぎ取り持ち去る。
この時硲は思い至る。鳥人の代わりとして持ち去られた鱗晶が新しいこと学びうるならば、鳥人達の真の仲間となり得るのではないかと。それが鱗晶にとって幸福なことかは分からないが、硲は真実の相互理解を求めて、葵と鳥人とから決別する道を選ぶ。

 

 硲は科学技術を擬人化した存在ではなかろうか。科学技術は人の側にあり、献身的に尽くすが、人はその結果だけを搾取し、それを理解しようとする人は少ない。もし科学技術に人格があり、人に理解されたいと切望し、人同士の相互理解に羨望を抱くならば、果たしてそれはどんな行動に出るのか。まさにSF×百合というテーマそのものの作品と思われた。

 

[色の無い緑]著:陸秋槎
 科学技術の発展に比例するように増え続けるブラックボックス。その生成速度に説明が追いつくことはない。
そうなれば、物事の理を解明しようする学者が必要とされない時代が来るかもしれない。何故なら、人にとって役に立つ事の方が価値があるから。
そんな予想を描いた時、親友ジュディの吐露した想いがモニカの頭を過ぎる。
「”色のない緑の考えが猛烈に眠る”
法則にも規則にも反してないのに意味の無い文章。世の中の法則にも規則にも反したこなかったけど、自分の人生もまた無意味なものだったのではないか。」
そんな想いを否定すべく、モニカは人工知能の限界を証明する論文書く。しかし、皮肉にもその論文は人工知能の判定によって学会から拒否される。
自分の予想がもはやすぐそこまで実現している状況に絶望したモニカは、自死を選択する。

 

 科学技術の発展に伴って人の価値観は変化し続けてきた。今後ますます科学技術の発展が加速したとき、価値観の変化に対応できずに何らかの形で脱落する人が出てくることはあり得るかもしれないと感じた。

 

[ツインスター・サイクロン・ランナウェイ]著:小川一水
 宇宙漁師のテラは自分の礎柱船(ピラーボート)に一緒に乗ってくれる未来の夫を探すためにお見合いしていたが、男性配偶者との未来を思い描けずにいた。そんなテラの前に、突如ダイオードと名乗る少女が操船のパートナーとして名乗りをあげる。前代未聞の女バディの礎柱船は、しかしとんでもない漁獲成績を収めてしまう。今やお見合い相手が選り取り見取りとなったテラとダイオードだったが、ダイオードは浮かない様子。様子がおかしいダイオードの気持ちに、薄々勘づきながらもテラは確信を持てない日々を送る。そんな二人は、ある日漁でアクシデントに見舞われる。色んな意味でドキドキが止まらない爽快アクション百合物語。

 

 テラとダイオードは宇宙空間で昏魚(ベッシュ)と呼ばれる宇宙生物を捕獲して生計を立てる、まさに宇宙の漁師。しかし 二人が昏魚を捕獲するために繰り広げる漁はアクロバティックで、あまりの迫力に2人がしているのが漁だということを忘れてしまいそうだった。それに加えて現実離れしたダイオードの可憐な容姿の描写や、テラとのやりとりでコロコロ表情が変わるダイオードの様子がとても印象的で、読み終わった後は一本のアニメを観終えたような気分だった。過去の経験からか、女性が恋愛対象であることが悟られないように慎重な姿勢を崩さないダイオードが、テラにほとんど最初から見抜かれていたことが分かった時の照れてる雰囲気は読んでる方も照れてしまう。短編集の最後を爽快な気分で締めくくる見事な一作だった。

 

 

 読み終わって、SF×百合なんてテーマを生み出した人を呪いたいと思うほど複雑だった。百合というだけで拗らせた人間模様が描かれること必至なのに、それにSFの難解な語彙を掛け算することで、とんでもないフランケンシュタインが生み出されてしまったのではないかと思う。しかし、普段あまり小説の深読みをしない自分にとっては、新しい小説の楽しみ方を知ることができた良い1冊であった。

 

「アステリズムに花束を」編:SFマガジン編集部 2020年1月15日 3刷

「転生勇者が実体験をもとに異世界小説を書いてみた」感想

ジャンプの小説レーベル JUMP J BOOKS にて掲載されている乙一氏による恋愛短編小説。

 

https://j-books.shueisha.co.jp/file/tenseiyusha.html

 

現代日本に転生した異世界勇者が、自らの冒険譚を「シーリム」と題して小説投稿サイトに投稿する。小説投稿サイトで順調に人気を獲得していく勇者だったが、ある日「シーリム」は盗作だと言う少女と出会う。シーリムの記憶を有する少女との交流で、勇者の日常は変化していく。

 

人間関係で一線を引いていた勇者が、少女とは次第に打ち解けていく。かつて引きこもりだった少女も勇者との交流で次第に心を開いていく。少年少女が打ち解けていく様子はボーイミーツガールの醍醐味であり、二人の気持ちのベクトルの変化に最期まで目が離せない。

 

「転生勇者が実体験をもとに異世界小説を書いてみた」著:乙一 JUMP j BOOKS

「アステリズムに花束を」感想<前編>

SF×百合というテーマのもと9話の短編が収録された本書。
百合というジャンルを読んだことがなかったが、人の感情を扱っているジャンルとして興味があったため、手に取った。
初めてのジャンルでありながら、その登場人物の感情を紐解いて読み進めるのはとても面白かった。
前半ではその中の5編について感想を記す。

 

「キミノスケープ」著:宮澤伊織
唐突に人も動物もいなくなった世界で、自分以外の誰かの痕跡を追って旅を続ける主人公。次第に近づいていく二人の距離。ある日、降りしきる雪の中で見つけたまだ暖かい焚き火の跡と足跡。二人は果たして出会えるのか。

 

二人称で進む物語は読者を主人公としており、FPSで進むゲームをプレイしているように世界観に没入することができた。描かれる世界は人も動物も消え去っているにも関わらず、電気や水道は通っており、食料も腐らず、そして街の形が徐々に奇妙に変形していく。百万畳ラビリンス(著:たかみち ヤングキングコミックス 全2巻)のような世界観を思い描きながら読み進めることができた。孤独な世界で自分以外の人がいるかもしれないという微かな痕跡を頼りに旅を続ける。二人の距離が近づいていく中で、まだ見ぬ他人が恋人であるかのうようにその影を街中に探すようになる。寂しい世界で運命の相手を探し続けるような、どこかロマンティックな雰囲気の作品。

 


「四十九日の恋文」著:森田季節
死後四十九日間は死者と生者が文字で交信できるシステムが開発された世界。通信に使える文字数は49文字。そしてそれは日を追うごとに48文字、47文字と1文字ずつ減っていく。恋人の栞を交通事故で亡くした梨絵は、残された時間と限られた文字数の中でお互いの想いを語っていく。

 

ホントに死者と通信できるシステムがあったら、私は大切な人に何を伝えるだろう?と考えさせられた。既に幽霊となって俗世から切り離された栞と、これからも俗世で生きていかなくてはならない梨絵。死者と生者との間で重なりえない価値観の違いに心のざわめきを感じる梨絵。それでも二人は限られた時間と文字数の中でお互いの気持ちを確かめ合う。甘く切ない物語。

 


[ピロウトーク]著:今井哲也
運命の相手と輪廻転生を繰り返す先輩の今回の相手は枕だった。枕を失くして以来18年間一睡もしていない先輩とともに、私は枕探しの旅にでる。

ただ1作のみマンガでの掲載。シュールな設定の中で進む甘酸っぱい恋の物語。

 


[幽世知能]著:草野原原
醜く、粗雑な振る舞いに、傲慢な態度。人を不快にする要素を余すことなく体現する灯明アキナ。しかし、その本質は、人間関係に不器用で、与加能との関係にすがることしかできない幼子のように無垢な存在だった。まともに人間関係を構築したことがなく人間の打算に直面することもなかったアキナは、与加能が自分自身の自尊心を肥大させるためにアキナを利用していたことを理解できなかった。そして、母親の再婚で可愛い妹が出来たことで用済みとなった醜いアキナを捨て去ったことを理解できなかった。アキナは、不器用ゆえに与加能以外の人と関係を構築することもできなかった。だから、アキナはもう一度与加能に振り向いて欲しくて与加能の妹を殺した。妹さえいなければ与加能は、また自分に振り向いてくれると考えた。しかし、与加能はアキナを許さなかった。与加能は、幽世知能に与加能自身とアキナを入力することを決意した。それは、人の心の負の部分を知らない、人と人とが完全に理解し合うことが幸せだと信じる無垢なアキナに無限の時をかけて人の心の負の部分を理解させる拷問にかけること。与加能の不穏な空気を感じたアキナは完全な理解が完璧なユートピアではないことを予感し、恐怖を感じる。しかし、とき既に遅く、幽世知能は二人を取り込み始める。

 

百合は美形の女同士のものだけじゃないんだぞ。っというメッセージを感じる。一読目はアキナの不快さに思考停止し、アキナに対して与加能が"かわいい"と言うのを理解出来なかった。しかし、人の心の闇を知らず、人同士の完全な理解が至上の幸福と思い込んでいるアキナの無垢さに気づいたとき、この物語の主人公が入れ替わった思いがした。

 


[彼岸花]著:伴名練
人の身でありながら死妖の真朱に憧れを抱く青子。死妖の身でありながら人間の青子に、失った妹を重ね愛情を抱く真朱。お互いの関係が背徳に満ちたものであることを知りながら、惹かれ合う感情を持て余す二人。真朱から青子へ真実が語られたとき、二人の運命は大きく動き出す。禁断の愛の物語。

 

読後感はまさに百合だなという感想。運命のいたずらに翻弄され、感情をかき乱される二人の描写が良かった。理性と感情とで葛藤しつつも、衝動を抑えられない様子は、若さだなーと感じた。

 

「滅びの園」感想

私は恒川光太郎氏の小説が好きである。

滅びの園はその恒川光太郎氏が描くSFファンタジーである。ホラー作家として知られている恒川氏がどのようなSFファンタジーを描くのか、楽しみだった。

 

 恒川氏が本作で描く主人公は日常に疲きったサラリーマン鈴上誠一である。

ある日、鈴上が電車で出張から帰っている途中、気づけば知らない街に迷い込んでいた。不思議なことに街には地図がなく、住人はトウキョウを知らなかった。初めは帰ろうとしていた鈴上だったが、住人が親切で、のどかな時間が流れるその街を気に入っていく。
 街での生活にも慣れ、新たに家庭を築いていた鈴上の前に、ある日中月活連と名乗る男が現れる。そして、活連からかつて自分が暮らしていた世界が滅亡の危機に直面しており、滅亡を回避するためには鈴上が今いる世界を破壊しなければならないと告げられる。
 地球の滅亡と自分の幸せを天秤にかけたとき、鈴上はどんな選択をするのか?彼の心を動かすものは何なのか?

 

 また、本作では主人公の鈴上誠一以外に、地球の滅亡を食い止めるべく奔走する人々の視点からも物語が描かれている。
 鈴上消失とともに空に現れた未知なるものは、世界中でプーニーの発生を引き起す。プーニーの影響で地球上の生物は滅びに向かってく。プーニーの出現によって変容した人間社会で、様々な価値観を形成していく登場人物達。それぞれの視点で物語が進むにつれて、鈴上の囚われている異世界の真実が次第に明らかになるのである。

 

それぞれの物語が収束した先にどんな結末を迎えるのか、気になりすぎて読み終わるのはあっという間だった。恒川氏の描く世界を楽しんだ後で、「やはりただのSFファンタジーでは終わらなかったな」と内心ニヤニヤが止まらなかったのは認めざるを得ない。

 

「滅びの園」著:恒川光太郎 角川書店 2018年5月31日 初版

「動物農場[新訳版]」感想

 この本を読んだ読者は「さて、自分は一体どの動物だろうか?」と思い悩んでしまうだろう。勿論、読者は人間なのだが、そのくらいこの本はよく人間の社会を風刺している。

 

 この物語の始まりは人間の農場主であるジョーンズを動物たちが農場から追い出すところから始まる。動物たちは、豚達主導で「動物農場」を設立する。ジョーンズを追い出した動物たちは、豊富な食糧や労働により豊かになる生活に幸せを感じていた。農場の方針も初めは全ての動物たちの議論で進められていく。
 しかし、豚達の権力争いにより次第に状況は変化していく。権力争いに勝利した豚のナポレオンは、暴力によって議会を封鎖し、豚やイヌといった自分に都合の良い動物の特権階級化を進める。
 そんな中、農場を豊かにする目的で作られることになった風車。通常の農作業に加えての風車建設で増える労働。気づけば特権階級以外の動物たちは自分たちがジョーンズを追い出す前よりいい生活をしているのか分からなくなっていく。

 

 この物語で、特権階級の豚達は嘘や歴史の改竄等で、自分たちに都合のいいように農場の方針を変えていく。そして、最後にはお決まりのように「ジョーンズに戻ってきて欲しくはないでしょう?」と脅迫を残していくのだ。

 

 しかし、動物達が本当に恐れるべきは何だったのだろうか。革命により自由を勝ち取り、自分たちの意思で政治をしてきたつもりだった。しかし、最終的に彼らが陥った状態は革命以前の時よりみすぼらしい状況だった。それは何故なのか。

 

 それは彼らが知性を放棄し、自らの尊厳を守ることを怠ったからではないだろうか。
彼らは豚が言う風車というまやかしの希望と、ジョーンズが戻ってくるという脅迫に操られ、自らの尊厳を守るために声を出し、行動することを止めてしまった。

 

 独裁者とは特定の政治思想によってのみ発生すると考えていた。しかし、どのような政治形態であれ、国の大部分を構成する国民が知性を失い、尊厳と引き換えに目先の利益を守るようになれば、易々と発生しうるものなのではないかと恐怖を感じた。

動物農場[新訳版]」著:ジョージ・オーウェル 訳:山形浩生 早川書房 2019年12月15日 8刷

「チェ・ゲバラの遥かな旅」感想

 強者が弱者を搾取する。そんな残酷な原理に憤る感情を、青臭いと一蹴するのは簡単なことだ。しかし、そんな残酷な原理に命を賭けて立ち向かい続けた男がいる。
 エルネスト・ゲバラ(通称チェ・ゲバラ)は、フィデル・カストロ等と共にキューバ革命を達成したアルゼンチン人だ。

 

 チェ・ゲバラが生きた時代、南米はアメリカの裏庭と言われており、アメリカによる支配は徹底的なものだった。大学卒業後にグアテマラに訪れたゲバラは、グアテマラ革命政権がアメリカの策略によって崩壊させられるのを目の当たりにする。

 

 ラテンアメリカの開放と統一に対する思いを深める中、ゲバラフィデル・カストロ等と出会い、約4年の歳月の後にキューバ革命を達成する。しかし、ゲバラは自らの志を全うするため、キューバでの地位を捨て、最期の革命の地であるボリビアで処刑されるまで革命に身を捧る。

 

 今でもカリスマ的人気を確立しているチェ・ゲバラ。年を重ねて、理不尽な現実にも折り合いをつける人が多い中、彼の真っすぐに生き方が、人を惹きつけ続けているのではないかと思う。


チェ・ゲバラの遥かな旅」著:戸井十月 集英社文庫 2008年4月27日 第8版