「アステリズムに花束を」感想<前編>

SF×百合というテーマのもと9話の短編が収録された本書。
百合というジャンルを読んだことがなかったが、人の感情を扱っているジャンルとして興味があったため、手に取った。
初めてのジャンルでありながら、その登場人物の感情を紐解いて読み進めるのはとても面白かった。
前半ではその中の5編について感想を記す。

 

「キミノスケープ」著:宮澤伊織
唐突に人も動物もいなくなった世界で、自分以外の誰かの痕跡を追って旅を続ける主人公。次第に近づいていく二人の距離。ある日、降りしきる雪の中で見つけたまだ暖かい焚き火の跡と足跡。二人は果たして出会えるのか。

 

二人称で進む物語は読者を主人公としており、FPSで進むゲームをプレイしているように世界観に没入することができた。描かれる世界は人も動物も消え去っているにも関わらず、電気や水道は通っており、食料も腐らず、そして街の形が徐々に奇妙に変形していく。百万畳ラビリンス(著:たかみち ヤングキングコミックス 全2巻)のような世界観を思い描きながら読み進めることができた。孤独な世界で自分以外の人がいるかもしれないという微かな痕跡を頼りに旅を続ける。二人の距離が近づいていく中で、まだ見ぬ他人が恋人であるかのうようにその影を街中に探すようになる。寂しい世界で運命の相手を探し続けるような、どこかロマンティックな雰囲気の作品。

 


「四十九日の恋文」著:森田季節
死後四十九日間は死者と生者が文字で交信できるシステムが開発された世界。通信に使える文字数は49文字。そしてそれは日を追うごとに48文字、47文字と1文字ずつ減っていく。恋人の栞を交通事故で亡くした梨絵は、残された時間と限られた文字数の中でお互いの想いを語っていく。

 

ホントに死者と通信できるシステムがあったら、私は大切な人に何を伝えるだろう?と考えさせられた。既に幽霊となって俗世から切り離された栞と、これからも俗世で生きていかなくてはならない梨絵。死者と生者との間で重なりえない価値観の違いに心のざわめきを感じる梨絵。それでも二人は限られた時間と文字数の中でお互いの気持ちを確かめ合う。甘く切ない物語。

 


[ピロウトーク]著:今井哲也
運命の相手と輪廻転生を繰り返す先輩の今回の相手は枕だった。枕を失くして以来18年間一睡もしていない先輩とともに、私は枕探しの旅にでる。

ただ1作のみマンガでの掲載。シュールな設定の中で進む甘酸っぱい恋の物語。

 


[幽世知能]著:草野原原
醜く、粗雑な振る舞いに、傲慢な態度。人を不快にする要素を余すことなく体現する灯明アキナ。しかし、その本質は、人間関係に不器用で、与加能との関係にすがることしかできない幼子のように無垢な存在だった。まともに人間関係を構築したことがなく人間の打算に直面することもなかったアキナは、与加能が自分自身の自尊心を肥大させるためにアキナを利用していたことを理解できなかった。そして、母親の再婚で可愛い妹が出来たことで用済みとなった醜いアキナを捨て去ったことを理解できなかった。アキナは、不器用ゆえに与加能以外の人と関係を構築することもできなかった。だから、アキナはもう一度与加能に振り向いて欲しくて与加能の妹を殺した。妹さえいなければ与加能は、また自分に振り向いてくれると考えた。しかし、与加能はアキナを許さなかった。与加能は、幽世知能に与加能自身とアキナを入力することを決意した。それは、人の心の負の部分を知らない、人と人とが完全に理解し合うことが幸せだと信じる無垢なアキナに無限の時をかけて人の心の負の部分を理解させる拷問にかけること。与加能の不穏な空気を感じたアキナは完全な理解が完璧なユートピアではないことを予感し、恐怖を感じる。しかし、とき既に遅く、幽世知能は二人を取り込み始める。

 

百合は美形の女同士のものだけじゃないんだぞ。っというメッセージを感じる。一読目はアキナの不快さに思考停止し、アキナに対して与加能が"かわいい"と言うのを理解出来なかった。しかし、人の心の闇を知らず、人同士の完全な理解が至上の幸福と思い込んでいるアキナの無垢さに気づいたとき、この物語の主人公が入れ替わった思いがした。

 


[彼岸花]著:伴名練
人の身でありながら死妖の真朱に憧れを抱く青子。死妖の身でありながら人間の青子に、失った妹を重ね愛情を抱く真朱。お互いの関係が背徳に満ちたものであることを知りながら、惹かれ合う感情を持て余す二人。真朱から青子へ真実が語られたとき、二人の運命は大きく動き出す。禁断の愛の物語。

 

読後感はまさに百合だなという感想。運命のいたずらに翻弄され、感情をかき乱される二人の描写が良かった。理性と感情とで葛藤しつつも、衝動を抑えられない様子は、若さだなーと感じた。